株主優待がほしいけれど、株価が下がって損をするのは避けたい。その両方を成立させる方法として「優待クロス取引」(つなぎ売り)があります。

私は金融機関に長年勤めていたので、この手法の存在自体は現役の頃から知っていました。ただ、当時は試すことができませんでした。金融機関に勤めていると、信用取引口座を作れないことが多いからです。証券会社の側が金融機関勤務者の信用取引口座開設を認めていないことが多く、勤務先の内規でも禁じられていました。優待クロスは信用取引が前提のため、知っていても手が出せませんでした。

その世界を離れてようやく自分で動かしてみると、仕組み自体は単純で、つまずくのはむしろ手続きの順番と費用の見落としでした。この記事では、仕組みだけでなく、実際の注文手順とつまずきやすい点まで、順を追って書きます。

なお、この記事は私が実際に行った手順の記録であり、特定の銘柄や取引を勧めるものではありません。最終的な判断はご自身でお願いします。

優待クロス取引とは何か

同じ銘柄を「現物で買う」と「信用取引で売る」を同じ株数・同じタイミングで行う方法です。

株価が上がれば現物の利益と信用売りの損失が相殺され、下がればその逆になります。どちらに動いても損益はほぼゼロ。その状態のまま権利確定日をまたぐことで、株主優待だけを受け取るという考え方です。

ここで「ほぼ」と書いたのは、手数料や貸株料といった費用が必ずかかるためです。優待の価値がその費用を下回れば赤字になります。この見極めが実質的にすべてです。

用意するもの

必要なのは、一般信用の売り建てができる証券会社の口座です。現物口座だけでは売り建てができないので、信用取引口座の開設もあわせて必要になります。

信用取引には「制度信用」と「一般信用」がありますが、まずは一般信用から始めるのがよいと思います。理由は後述します。

もうひとつ、資金です。現物を買う代金と、信用売りに必要な証拠金を用意することになります。

証拠金については、すでに保有している有価証券を代用として充てられる場合もあります。ただ、優待クロス用に口座を分けていて、その口座に他の保有株がないのであれば、現金で用意することになります。

銘柄にもよりますが、1銘柄を取るだけでも最低で数十万円は見ておいた方がいいと思います。決済すれば戻ってくるお金ですが、その数日間は動かせません。

数千円の優待をもらうために数十万円を動かす。この感覚は、始める前に持っておいた方がいいと思います。

手順

1. 権利付最終日を確認する

優待を受け取るには、権利付最終日の取引終了時点で株主である必要があります。この日付を間違えると、費用だけ払って優待がもらえません。

権利確定日(月末が多い)から数えて営業日で遡った日が権利付最終日になります。制度変更で日数が変わることがあるため、必ずその年の証券会社のカレンダーで確認してください。記憶や前年の感覚で決めないことです。

2. 費用を計算して、割に合うか判断する

先に計算します。主にかかるのは次の2つです。

費用 内容
貸株料 信用売りを保有している日数分かかる
売買手数料 現物買いと信用売りにかかる(現渡しは無料の証券会社が多い)

配当のある銘柄では、信用売り側で配当調整金の支払いが発生します。ただしこれは現物側で配当を受け取るので、基本的には相殺されます。持ち出しになる費用として二重に数える必要はありません。

ただし、受け取る配当と支払う配当調整金の計算方法は証券会社や信用の種類によって扱いが異なる場合があります。金額の大きい銘柄では、使っている証券会社の説明を一度確認しておくと安心です。

貸株料と手数料の合計が優待の価値を上回るなら、やる意味はありません。優待の額面ではなく、自分が実際に使う価値で考えることも大事だと思います。使わない優待券は価値ゼロです。

3. 一般信用の在庫を確認する

一般信用の売り建ては、証券会社が持っている株数の範囲でしか行えません。人気銘柄の在庫は権利付最終日が近づくほど早く尽きます。

私が最初に失敗したのがここでした。「その日にやればいい」と考えていたら、目当ての銘柄の在庫がすでになくなっていました。在庫の補充タイミングは証券会社ごとに異なるので、使う証券会社の情報を事前に見ておくことをおすすめします。

在庫の確認は、極端にいえば毎日時間を取られる作業です。ここにどれだけ時間を割くかで、手間の大きさも変わってきます。私は「ちょっと早いかな」と思うくらいのタイミングで取るようにしています。通常のカレンダーなら、水曜日に約定するより木曜日に約定した方が受渡日が3日後ろにずれるので、貸株料の日数が3日減ります。コストは安くなりますが、みんな同じことを考えるので在庫もなくなりやすい。それなら水曜日に早めに取ってしまうのも手のひとつです。

4. 現物買いと信用売りを同時に発注する

ここが最も注意すべき場面です。

必ず同じ株数で、両方を同時に成立させます。 片方だけが約定した状態を放置すると、ただ株を持っているだけ(または売っているだけ)になり、株価変動の影響をそのまま受けます。クロス取引の意味がなくなります。

発注は、基本的に場が閉まっている時間に行います。寄り付き前に成行で両方を出しておく、というのが基本の形です。ザラ場中に片方ずつ出すと、価格が動いて損益が噛み合わなくなることがあります。

なお証券会社によっては、ただの成行ではなく「寄成(よりなり)」という寄り付き専用の注文でないと受け付けてくれないことがあります。その場合はエラーが出るので、気づかないまま通っていなかったという事故にはなりませんが、発注の直前に慌てないよう、注文画面で寄成が選べるかを一度見ておくとスムーズです。

5. 権利付最終日を持ち越す

権利付最終日の取引終了時点で、現物を保有した状態を保ちます。ここで慌てて決済しないことです。

6. 権利落ち日に「現渡し」で決済する

翌営業日(権利落ち日)に、現渡しという方法で決済します。現渡しは、持っている現物株をそのまま信用売りの返済に充てる決済方法です。詳しくは後述しますが、必ずこの方法を選んでください。

いつ注文を出すかが、地味ですが大事です。権利落ち日のうちに現渡しを完了しないと、貸株料が1日分余計にかかります。受付の締切時刻は証券会社によって異なるため、余裕を持って済ませる必要があります。

私は、権利付最終日の後場が終わったあと、証券会社が翌営業日分の注文受付を始めた時間になったら、その場で現渡しの注文を出すようにしています。翌日まで持ち越すと、単純に忘れます。気づいたら決済されないまま日が過ぎていた、というのがいちばん避けたい形です。

これで完了です。後日、優待が届きます。届く時期は、権利確定から2〜3ヶ月後以降になることが多いです。

まずは一般信用から始めるのがよい理由

制度信用でも売り建て自体はできますが、**逆日歩(ぎゃくひぶ)**という費用が発生する可能性があります。

逆日歩は、株を借りたい人が多いときに発生する追加費用です。やっかいなのは、いくらかかるかが事後にしか分からない点です。優待の価値を大きく超える逆日歩がついて、赤字になることもあります。

一般信用は貸株料が事前に分かるため、費用を計算した上で判断できます。始めるなら一般信用からというのが、私の考えです。

とはいえ、制度信用が使えないわけではありません。一般信用より貸株料が安く、在庫の制約も緩いという利点があります。逆日歩がつきにくい銘柄を見極められる方や、逆日歩がついても許容できる範囲を計算できる方であれば、制度信用を組み合わせる選択肢は十分あります。実際、慣れた方は両方を使い分けているようです。

ただそれは、逆日歩の読みという別の技術が必要になる話です。最初の一歩としては、費用が確定している一般信用の方が安全だと思います。

銘柄数を増やすと、別の負担が出てくる

1銘柄だけなら、ここまでの手順どおりで終わりです。ただ、優待クロスは1回あたりの利益がそれほど大きくないので、続けていると自然と「もっと数を取りたい」と考えるようになります。そこで2つの壁にぶつかります。

ひとつは資金です。 現物を買う代金が、銘柄の数だけ積み上がっていきます。株価は銘柄ごとに違うので単純な掛け算にはなりませんが、数を取るほど必要な金額は膨らみます。しかも時期をずらして分散させることができないので、同じタイミングでまとめて用意する必要があります。

もうひとつは手間です。 銘柄ごとに、在庫を確認し、費用を計算し、権利付最終日を確認し、同時発注し、現渡しをする。この一連の作業が銘柄数だけ増えます。しかも権利確定日は月末に集中するため、特定の数日に作業がまとまって押し寄せます。

1銘柄あたりの利益に対して、この手間をどう見るか。ここが、続けられるかどうかの分かれ目だと思います。数を追うほど儲かる、という単純な話ではありません。

やってみて分かった、つまずきやすい点

  • 在庫切れ — 早めに動かないと目当ての銘柄が取れない
  • 権利付最終日の勘違い — 1日ずれるだけで費用が無駄になる
  • 注文の種類 — 寄成でないと受け付けない証券会社がある
  • 片側だけ約定 — 同時発注を徹底する
  • 現渡しの出し遅れ — 忘れやすく、締切を過ぎると費用が1日分増える
  • 現渡しを使わない決済 — 売買益を狙ってタイミングをずらすと、損失が出る可能性がある

最後の「現渡しを使わない決済」は、影響が大きいので補足します。

現渡しは、持っている現物株をそのまま信用売りの返済に充てる決済方法です。売買を通さないため、株価がいくらであっても損益が発生しません。

これに対し、「信用を買い戻す」と「現物を売る」を別々に行うと、2つの取引の間に価格が動いた分が、そのまま損益になります。あえてタイミングをずらして、売買益も取りに行こうという考え方です。

ですが、これはやめた方がいいと思います。優待クロスの目的は、もともとわずかな利益です。そこに売買益を上乗せしようとするのは、目的の違う取引を混ぜることになります。それなら最初からその目的で短期売買をすべきで、優待株でやる必要はありません。ここは素直に現渡しで締めるのが正解です。

まとめ

優待クロス取引は、仕組みとしては難しくありません。ただし費用の計算と手続きの順番を外すと、手間だけかけて損をします。

判断の基準は、費用が安いかどうかではありません。優待の価値が費用を上回っているかどうかです。費用が多少高くても、それ以上の価値がある優待なら取りに行く意味があります。逆に、費用が安くても使わない優待なら意味がありません。

まずは自分が確実に使う優待の銘柄から試してみるのが良いと思います。私も最初は取れるだけ取っていましたが、だんだん管理しきれなくなってきたので、今は少し数を減らして、無理のない範囲で楽しんでいます。